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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)2738号 判決 1973年1月10日

原告

森山文一郎

右訴訟代理人

石川康之

外一名

被告

竹本油脂株式会社

右代表者

竹本長三郎

右訴訟代理人

高野篤信

外五名

主文

一、原告は、被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二、被告は、原告に対し、金四、四九〇、六六四円および昭和四七年四月一日以降毎月金七七、六八三円の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、右第二項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一、本件解雇の効力について

一、本件配転命令の必要性

(一)  原告が信州大学繊維学部繊維工業化学科を卒業後、昭和四〇年四月一日被告会社に入社し、一カ月の実習を経て、被告会社研究開発部二課勤務を命ぜられ、それ以来同課で繊維用界面活性剤の研究に従事していたこと、被告会社が昭和四一年九月二二日原告に対し、右研究開発部二課より営業三部へ本件配転を命じたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によれば次の事実を認めることができる。

(1) 被告会社は、肩書地に本社間接部門、生産部門、研究開発部門、営業部門を有するほか、東京、大阪に各営業所を有し、本社間接部門を除く右各部門は取扱品目ないし対象をいくつか類別した課で構成されているところ、昭和四一年九月当時有力商品として売上げが急増していた土木建築用界面活性剤(セメントコンクリート関係)の販売力を増強する必要があつたので、その販売を担当する営業三部から人員の補充が要請されていた。その人選に当つては研究開発部の中では一課が一五、六人、三課が四名にすぎないのに二課は三〇名余の従業員がいたので同課から人選をなすこととし、また土木建築用界面活性剤の需要販売先の性格からみて、大学卒で界面活性剤の技術的基礎知識をある程度有し、人間的にも線が太く行動力に富んだ人物を選定することとし、これらの基準に該当する者として原告が選ばれ、同月五日の部長会で審議の上、他の七名の人事異動と共に原告の研究開発部二課から営業三部への本件配転が正式に決定された。

(2) 同月一〇日被告会社は右八名の人事異動の内容を組合に通知し、異動の基準を説明して組合の了解を得、同月一二日担当部課長および職制を通じ右八名に配転を内示し、その意向を聴取した。原告は同日研究開発部長村松千秋から営業三部への配転の内示を受けたが、即答せず、翌一三日研究開発部二課長加納登を通じ右研究開発部長に配転に応ずる旨申出た。そこで被告会社は、同月二〇日発令を前提として更に組合の意見を聴取しその了承を得、同月二一日原告を含めた右八名の人事異動を発令し、翌二二日総務課長大橋竜太より特に事務引継に支障のない限り同月二六日から新配置につくように各関係部課長を通じ右八名の異動者に命令した。<証拠判断省略>

(三)  右認定の事実によれば、被告会社が原告に対し、本件配転命令を発したのは土木建築用界面活性剤の販売力を増強するため、その販売を担当する営業三部の人員を増強することとし、技術、行動力、性格等を考慮して原告をその適任者として選定したためであつたと認められ、結局本件配転命令は、被告会社の業務上の必要性に基づくものというべきである。

二、本件配転命令が労働契約違反ないし人事権の濫用であるとの主張について

(一)  本件配転命令は、信州大学繊維学部繊維工業化学科を卒業し被告会社開発部二課に所属して繊維用界面活性剤の研究に従事していた原告に対し、土木建築用界面活性剤の販売を担当する営業三部への配転を命じたものであることは前記のとおりである。

一般に職務内容の変更は労働契約の内容の変更であるから、当該労働契約によつて予め予定された範囲をこえるような著しい職務内容の変更は、使用者の一方的命令によつてはなしえないというべきである。

そしてこの場合就業規則その他により労働者が使用者に対し、あらかじめ使用者のなす職種の変更につき包括的同意を与えていると認められるときにおいても、使用者の有する職種変更権には自ら合理的限界が画さるべきであつて、右の範囲をこえて使用者が職種変更を命ずることは許されないと解するのが相当であり、右合理的範囲に属するかどうかは、当該労働契約締結時の事情、従来の慣行、当該配転における新旧職務内容の差異、特に技術系統の従業員においては将来にわたる技術的な能力の維持ないし発展を著しく阻害するような職務の変更であるか等を総合的に判断して決すべきである。

(二)  <証拠>によれば次の事実が認められ、甲第二七号証、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用せず、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 被告会社は前記のとおり本杜間接部門、生産部門、研究開発部門、営業部門を有するほか東京、大阪に各営業所を有し、主として界面活性剤の製造販売を業とする会社である。

(2) 界面活性剤の応用分野は繊維工業のほか、農薬工業、土木建築工業、洗浄剤、医薬工業等多方面にわたつているが、右は界面張力の低下作用をその本質とする界面活性剤の洗浄、湿潤、分散、乳化等の性質を応用したもので、その原理は共通であり、例えば土木建築用界面活性剤の主要品であるチューボールは繊維の染色、洗浄の界面活性剤の研究から生れたものであり、繊維用界面活性剤の原理または応用の研究は直ちに土木建築用界面活性剤にも利用し得るのである。

(3) 右のとおり繊維用界面活性剤といつても、被告会社としては界面活性剤の応用分野の一つにすぎず、維維そのものと被告会社の関連性はうすい。

従つて理工科系の大学出身者の採用もその者が応用化学、合成化学等いわゆる工業化学一般についての教科を履修したことに重きがおかれている。

原告を採用したのも、原告が、信州大学で繊維工業化学を専攻していたからというよりも、共通の教科として右のような工業化学一般をも履修したという点からであつて、原告を繊維工業化学の専門技術者として採用したわけではない。

(4) 被告会社製品が主に工業用品であるため、販売に際しては自社製品の化学的・技術的な内容ないし特長を説明したり、業界の競争が激しいので製品の使用過程における立会・実験、工程上の問題の解決等技術的サービスをしたりすることが要請されるところから営業部門の従業員にも技術的素養が要求され、そのため被告会社においては早くから多数の技術者をいわゆるセールス・エンジニアとして営業部門に配置する方針をとり、昭和四一年九月現在被告会社の大学卒、高校卒従業員で理工系三四名中一六名が、また昭和四五年一月現在では同じく理工系四五名中二〇名がそれぞれ営業部門に勤務していた。殊に原告と同じ信州大学繊維学部出身者は原告の外四名いるがその全部が営業部門に配置されている。

(5) さらに右のような配置を容易にするために、被告会社では従業員の採用に当つては、自動車運転手等特定の職種以外は、職種、職場を特定せず、かつ一旦ある職場に配置された後にも前記各部門、営業所にわたつて異動が行われることを応募者に説明しそれを了承させたうえで採用しており、原告の場合も同様であつて、原告自身入社時の配属希望として研究二課、同一課につづき営業二課を第三希望としていた。

(6) 現実の異動においても、研究部門、生産部門、営業部門相互間の異動は技術系社員においても相当数行われており、その場合本件配転命令のように取扱品目ないし対象が同一系統に属しないこともある。また従来の職場での勤務年限が二年位で配転されることもかなり存する。

(三)  以上認定の事実によれば原告は別段繊維工業化学の専門技術者として職種を指定されて被告会社に採用されたわけではなく、原告と被告会社との間の労働契約においては、原告は配転ないし転勤につき包括的同意を被告会社に与えていたものであり、しかも、本件配転先の職務内容はセールスエンジニアとして従前の職場で培つた原告の専門的知識技能を生かしうるものであり、従来の慣行にも反していないから、本件配転命令は、原告と被告会社間の労働契約上使用者に委ねられている職種変更権の合理的範囲内であることは明らかであり、労働契約違反の原告の主張は理由がない。

また本件配転命令が真に業務上の必要に基づきなされたことは前記のとおりであり、原告を営業部員として選出した理由についても合理性が認められ、異例の配転でもないから人事権濫用の原告の主張も理由がない。

三、本件配転命令は、労基法三条に違反し、かつ不当労働行為であるとの主張について

(一)  被告会社が研究のため近藤修を静岡大学に派遺したこと、岩瀬真之が昭和三四年被告会社に入社し、その後東京、大阪の各営業所へ順次転勤し大阪営業所で退職したこと、原告が昭和四一年七月頃痔を患つて入院し、その際被告会社研究開発部長が原告に、郷里へ帰省して療養するよう勧告したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によれば次の事実が認められる。

(1) 原告は被告会社に入社後、同時に入社した従業員全員で組織した同期の会フォーマルの一員として、また被告会社従業員の一部の者によつて昭和四一年四月頃豊橋労音の職場サークルとして組織されたねぶかの会の会員として、レクリエーション、音楽鑑賞等に参加していた。

また組合には、役員として執行委員長、副執行委員長、書記長、執行委員、青年部長の外、各職場より選出され委員会(総会に次ぐ決議機関)の構成員となる代議員および職場代表委員がおかれていたが、原告は、被告会社入社後研修社員として一カ年の研修期間を終えた昭和四一年四月から組合の組合員となり、同年九月一一日の組合定期総会において研究開発部一課の職場代表委員に選出された。

(2) 近藤修は昭和四〇年三月静岡大学工学部化学科を卒業し、原告と同時に被告会社に入社し、同じく研究開発部二課に所属して繊維用界面活性剤の開発研究に従事していたが、同人は、フォーマルの中心的世話役としてあるいは豊橋労音の組織部長として積極的に活動していたところ、被告会社総務課長大橋竜太から昭和四一年四月から同年七月初にかけて数回に亘り労音の例会に参加すると物の見方、考え方が変ることがあるからやめるよう説得され、研究部長村松からも同様の説得を受けた。その後近藤の母校の酒井助教授の要請により、同人は同年八月一五日同大学に被告会社在籍のまま研究のため派遺されたが、その後、同助教授の要請により昭和四二年八月および昭和四三年一〇月の二回に右派遣期間は延長された。

村松部長等近藤の上司は、右派遣期間中における近藤と労音とのつながりについて神経をとがらせ、酒井助教授に秘かにその点をたずねたりしたことがあつた。近藤は昭和四四年九月末に右派遣先より帰社すると同時に研究開発部二課に所属したが、同年一〇月二七日営業四部へ配転され現在に至つている。

岩瀬真之は、音楽が好きで本社にいるころは、労音の職場サークル活動をしたことがあり、東京営業所時代に職場から一人だけ、婦人で東京都勤労者映画協議会に入りその組織部長となつたが、その頃東京営業所長より右の件について注意を受けたことがあつた。

また村松研究部長は、昭和四一年八月ごろ女子社員に対し界面活性剤についての講習会の席上、労音に入るのは好ましくない趣旨の話をしたことがあり、研究開発部二課所属の森山文子は、上司から労音をやめるように説得されたことがあり、被告会社上司の女子社員に対するこれら説得は、その父兄にも及んだ。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。これら事実からすれば、被告会社が、労音に従業員が加入することを嫌つていたことは明らかである。

しかしながら、<証拠>によれば、原告はフォーマルの世話役をやつたことがあるが、労音の集りであるねぶかの会の役員等はしたことはなかつた関係で、被告会社は本件配転命令当時原告がねぶかの会の会員であることは知らなかつたことが認められる。

また岩瀬の退職および村松研究部長の原告に対する療養勧告が原告主張のような口実意図の下になされたと認めるに足りる証拠は存しない。<証拠判断省略>。

なお原告の配転が決定されたのは昭和四一年九月五日であつて、原告が職場代表委員に選出される以前に人選が行われていたことは明らかであり、<証拠>によれば営業三部の出張状況は土木建築用界面活性剤担当者が出張のため出社できなかつた月間平均日数が、昭和四一年九月以前の六か月間においては一〇・九日昭和四二年三月からの六カ月間においては八・三日であつたことが認められ、業務の性質上出張の多い職場であることは明らかであるが、右の程度の出張をもつて原告の組合活動を封ずるためとみることは困難である。

これを要するに、原告の全立証によるも、原告のフォーマルやねぶかの会の会員あるいは組合員としての活動を嫌悪し、その活動面で原告と他の従業員との接触を妨げるために、思想信条による差別待遇ないしは反組合的意向によるものと認めることはできない。<証拠判断省略>。

四、懲戒解雇理由該当の有無ないし解雇権濫用について

(一)  本件配転命令を原告が受けた翌日、原告が被告会社に右配転の再考を願い出たこと、同月二四日に被告会社が原告に対し同月二六日付で配転先の勤務に就くべき旨の業務命令を出したこと、原告が同月二五日組合に要望書を提出し右配転の件につき原告のため被告会社と交渉するよう要求し、組合執行部は原告の要望に応じ、右配転につき協議した結果、原告の配転はやむを得ないとの結論に達し、同月二八日の組合大会でも右結論が賛成多数で可決されたこと、同月二九日原告が組合に対し組合の右勧告に応じ配転を承諾する旨回答し、組合が同日原告の右意向を被告会社に伝達したこと、被告会社が一〇月一日原告に対し原告が右配転命令に従わないこと等を理由に就業規則9・5および9・5・3を適用して本件解雇を通告したこと、右就業規則には原告主張の如き文言の規定があること、以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は本件配転の内示に一旦承諾したものの、フォーマル会員と本件配転について話合ううち(イ)元来大学でも繊維工業化学を学び、被告会社の研究関発部二課でも繊維用界面活性剤の研究に従事してきたのに、配転先の営業三部はセメントコンクリートの界面活性剤販売を担当するいわば異つた分野であり、従来研究開発部から他部へ転出して再度研究開発部へ戻つた例はあまりないこと、(ロ)研究開発部長や課長から日頃仕事上の激励を受け現に配転の内示の一週間程前には研究開発部第二課長代理山本から一生懸命研究に精進するよう励まされた事実があつたこと、(ハ)前記のとおり原告と同じ研究開発部に勤務していたフォーマルやねぶかの会の会員近藤脩が、本件配転の二カ月程前静岡大学へ研究生として派遺された例があり、また同じくフォーマルやねぶかの会の会員である山田実が原告と同日付の異動で研究開発部から被告会社の製品を販売する系列会社へ出向を命ぜられているなど、研究開発部勤務のフォーマルやねぶかの会の会員の異動が目立つてふえていることは、被告会社がサークル活動を嫌つている結果ではないかと推測できること、(ニ)偶々本件配転の内示を受けた前日に原告は研究開発部一階の組合職場委員に選出されたばかりであること、以上(イ)ないし(ニ)の諸事情から、本件配転は、自己の希望しない職場への配転であり、これは自己がフォーマルやねぶかの会の会員であり、また組合の職場委員でもあるためになされたものと思いこんで、同月二四日右山田と連名で前記二二日付の各辞令の返上および配転・出向の再考を求める趣旨の書面を作成し、被告会社総務部長岡崎明に提出するに至つた。

(2) 右書面を受領した被告会社総務部長は、原告および右山田(以下原告らという)に対し、本件配転・出向に再考の余地のないことを明らかにし、同月二六日から新配置に就くよう直接口頭で命令した。しかし同月二六日、原告は研究開発部二課の従前の職場において仕事をしようとしたため、研究開発部および総務部の各部課長は原告に対し、業務命令に従つて新職場で就労するように勤告し、かつ、命令拒否は就業規則違反として処断されることになる等交々説得したが、原告がこれに応じなかつたので、被告会社は原告に対し、就労の意思がなければ寮で待機するよう命令した。

(3) これより先の同月二五日原告らは組合に対し要望書を提出し、本件配転・出向の不当性を訴え、原告らの利益のために被告会社と交渉するよう要望していたが、翌三六日、被告会社も組合に原告らの命令拒否の実状を話し「このままでは最高処分をせざるを得ない、組合はどう考えるか。」との申入れを行つた。これに対し組合は原告らによる要望書提出の件もあつたので、被告会社に右原告らの問題討議のため就業時間内に組合活動をすることの許可を求め、被告会社の了承を得て同日午後から夜半にかけ、また翌二七日の朝から終日、原告らの意見を聴くと共に執行部内で協議し検討した結果、執行部としては、労働契約上一旦内示を承諾し、発令された以上は、原告らの配転・出向はやむを得ないとの結論に達し、今後異職種配転のように本人の意に反する配転については協約改訂交渉で一般的な解決を計るから、本件配転命令には従うようにと原告らを説得したが、原告らは、右説得に応じなかつた。そこで執行部は問題を組合総会に計ることに決し、同月二八日朝、被告会社に対し、組合臨時総会開催のため同日夕刻から議場として会社の大食堂を使用する許可を求めたところ、被告会社も右総会開催を了承し右会場使用を許可した。他方被告会社は同日午後三時すぎ頃から緊急常務会を開催し、原告らの処置を検討した結果、原告の配転拒否に対しては懲戒解雇が相当であるが、しばらく結論を保留することになつた。

(4) 同日午後五時半頃から開催された組合臨時総会では、原告らは本件配転、出向の不当性を訴えたが、同時に総会の決定には服する旨を誓つた。

組合執行部は、前記執行部としての結論を述べ、原告らの配転・出向の当否を採決したところ、執行部案賛成一二五票反対八票で、執行部案が可決された。

(5) 右総会の直後、組合執行部は原告らの態度決定を求めたが、原告らは直ちはこれを受入れるまでに至らず、その後、個人的には右決定に不満であるが組合員として総会の決定に従うべきであるとして、翌二九日午前三時頃までに組合に対し配転・出向を承諾する意向を表明した。そこで組合は、同日午前八時すぎ頃開かれた労使交渉において被告会社に右組合の決議内容および原告らの意向を伝え、原告らが配転・出向に応ずる以上原告らに対しては寛大な処分ですませるよう要望し、交渉に入つたが、同日午前九時頃組合において念のため原告らの意向を再確認しようとしたところ、原告らは「総会の決議に従うとは言つたが配転・出向に応ずるとは言わなかつた。」と言つて、配転・出向に従わない態度を表明したので、驚いた組合執行部は、再度原告らの説得に当ることとなり、右交渉は一時中断することなつた。原告らは右説得の結果、同日正午頃ようやく転配・出向に応ずることを確言したので、組合は同日午後労使交渉を再開し、被告会社にその旨を告げた。

(6) 被告会社は右労使交渉終了後、同日午後三時半頃から常務会を開催し検討したが、本件配転・出向に対する不服申立方法が、組合工作、職場放棄を伴う点において当を失している。応諾したとはいうものの反省の色が全く見られない。協約改定闘争を目論んでいる等の理由から、原告らを懲戒解雇に付することを決定し、直ちに労働協約に基づいてこれを組合に通知し、その意見を求めた。組合はその回答を翌日に留保し、翌三〇日の労使交渉において、原告らが配転・出向を拒否したについては、それなりの理由があり、人事異動が会社の専権により従業員の意向を無視して行われているということへの不満の現われともいえるから、今後の協約改訂交渉において、このような不満が今後起らないように解決したい。原告らにも非はあるが配転・出向を承諾しているのであるから懲戒解雇は過酷である。懲戒解雇を撤回しないなら組合としては実力行使をやらざるを得ない事態も生じうる旨意見を述べ、原告らに対する処分を減軽するよう要求した。これに対し、被告会社は組合に対し、原告らが心から非を認めて反省し、組合や会社に謝罪の意を表するつもりがあるのかどうか、その点の具体的事実について提示するよう申入れたが、組合はそのような具体的事実はない旨回答した。そこで被告会社は直ちに緊急常務会を開催し、右組合の減軽要求につき検討を加えたが、原告らは当初一旦配転の内示を承諾していたのに、後になつてこれを拒否し、あまつさえ組合総会を開催させる程の騒ぎを起したのであり、最後に承諾したというものの、これは組合が支援しないということが判明したためであり、自己の非を反省したためではない。また原告は、自己の配転問題を人事同意条項等の新設等協約改定問題にまで発展させようとしている。従つてこのような原告の行動を宥恕したのでは、今後に悪例を残すことになり人事管理上も問題であつて経営の秩序が保てない等の理由で、先に決定した懲戒解雇の建前を貫くこととし、ただ原告らが依願退職を申し出ればこれに応ずる用意はある旨組合に伝達した。

(7) 組合の執行部は、三〇日午後から一〇月一日午前まで原告らを説得し、依願退職を勧告したが、原告と共に争つていた山田実は右依願退職案に応じたものの、原告はこれを拒否したため、被告会社は同日午後三時頃原告に対し就業規則9・5および9・5・3を適用して懲戒解雇の言渡をした。

(8) そして一〇月三日には第二回目の組合臨時総会が開催され、右懲戒解雇の当否について総会で検討し、懲戒解雇もやむを得ないから、原告の支援活動はしないとの結論に達したが、今後不明朗な印象を与える人事異動や出向はできるだけ行なわないよう、また組合員の業務外の行動には干渉しないようとの組合青年部決議を可決し、その旨組合として申入れを行なうことに決し、その旨被告会社に対し申入れがなされた。

以上の事実が認められ、<証拠判断省略>。

(三)  以上に認定した事実によれば、原告は、本件配転命令の内示を承諾したものの、右配転は、自己の希望しない営業部門への配転であり、これは、自己がフォーマルやねぶかの会の会員であり、かつ職場委員であるためになされたものであると考え、被告会社に対し再考を要求すると共に、組合に対し、配転の不当性を訴え善処方を要望したこと、組合執行部は組合総会を開催して、本件配転命令に従うべしとの執行部案を可決し、原告は右総会決議に従うべきか否かについて去就をさだかしにしなかつたものの、翌日正午ごろに至り総会決議に従い本件配転命令を承諾する旨正式に組合に対し意思表明をするに至つたこと、原告は上司から配転先の職場へ昭和四一年九月二六日から就労すべき命令を受けながら、同月二九日(被告会社が本件解雇を決定し、組合にその旨通知した日)までの四日間就労しなかつたこと、被告会社は、原告の配転拒否は全く理由のないものであること、組合総会まで開催させたことは不服申立方法として行過ぎであり、最後に配転を承諾したとはいうものの、これは組合が原告を支援しないことが判明したところからやむなく承諾したのであり、反省の色が全く認められないこと等を理由として本件懲戒解雇を決定したこと、組合は強硬にこれに反対し減軽を要請したけれども、被告会社はこれに応じなかつたこと、以上の事実が明らかである。

(四)  そこで以上に認定した事実に基づいて本件解雇の効力について考えるに、本件配転命令は、被告会社の業務上の必要に基づいてなされた適法有効なものであり、労働契約に違反するものでなく、権利の濫用にも、不当労働行為にも、労基法三条違反にも、当らないことは先に詳細に説示したとおりであり、原告にはこれを応諾すべき義務あること明らかである。

従つて、原告が上司から配転命令に従い直ちに新職場で就労するようにとの業務命令を受けながら、これに従わず、組合総会の決議がなされた翌日に至つても容易に去就を定めず、新職場で就労しようとしなかつたことは、配転ないし業務命令に違反し、就業規則9・5・3「故なく会社の業務上の指示命令に服従せず、または業務上の秩序をみだしたとき」に該当するというべきである。

<証拠>によれば、当時の労働協約二八条には、人事について組合又は組合員により協約所定の苦情申立があつた場合でも、裁定が確定するまでは、行使された人事の効力は停止することがない旨規定されていることが認められるから、組合員である原告は協約上からしても配転命令につき異議ある場合も、先ず配転先で就労すべきことが要請されているのである。

しかしながら、先に認定した被告会社の労音サークル(ねぶかの会)に対する数々の措置や、発令の時期が原告の職場委員就任の直後になされたこと、配転先が原告の従前の職場と取扱商品を異にし、しかも営業部であつたこと等からすれば、原告が本件配転命令についての被告会社の意図に疑念を抱いたことは無理からぬ理由が存する(組合も被告会社に対し原告の配転拒否については相当な理由がある旨労使交渉で言明しており、また組合青年部が、被告会社は組合員の業務外の行動について干渉しないよう決議していることは先に認定したとおりである。)。

従つて、原告が本件配転命令を納得できないとして組合執行部に対し善処方を要望したことは寧ろ当然であり、また組合員の配転につき総会を開いて論議するということは、あくまで組合の内部自治に関することがらであり、しかも総会により事態を解決せんとしたのは組合執行部なのであり、被告会社も、総会のための施設使用を承認しているのであるから、組合総会による事態の解決ということ自体については、原告が非難を受くべき筋合は何ら存しないと考える。

そして、原告が総会決議には従うとあらかじめ言明しながら、決議成立の日の夜から翌日の午前にかけて、去就を定かにしなかつたことは、優柔不断のそしりは免れないけれども、結局は本件配転命令を承諾する旨意思表明をなしたのである。

ところで、右意思表明は、総会の決議が自己の主張を支持しないということであつたので、やむなくこれに従つてなされたものであることは明らかであるが、そのことの故を以つて原告に反省の色なしとして原告を責めることができるであろうか。

原告の責めらるべき点は、要するに本件配転命令、業務命令に従わずになした新職場における四日間に亘る不就労なのであつて、この点に対する反省の念の欠如は責めらるべきではあるけれども、不服申立方法として原告のなした一連の行動は、一概に罪難することはできないこと前記のとおりであつてみれば、原告がやむなく総会決議に従つたものであるとの一事をとらえて反省の色なしとした被告会社の見解は首肯し難い。

そこで、原告のした前記本件配転命令、業務命令に従わずになした四日間に亘る新職場における不就労をいかに評価すべきかの点について考えるに、原告が本件配転命令についての被告会社の意図について疑念を抱いたことに無理からぬ理由が存することは先に説示したとおりであることと、<証拠>によれば、被告会社の就業規則上、無届欠勤は七日に及ぶことにより、懲戒解雇事由となつていることが認められ、原告の不就労はそれより短かいこと、被告会社が原告の右不就労自体により業務が著しく停滞したと認めるに足りる証拠が存しないこと等を併せ考えると、原告が最終的には、組合総会の決議に従うことを表明するに至つた以上、いまだもつて懲戒解雇に価する程悪質なものと評価することは困難である。

被告は、原告の言動をそのまま放置したのでは、将来に悪例を残し今後の人事管理面に重大な支障をきたすことになる旨主張するが、本件では結局のところ、原告は被告会社の命令どおり配転先で働くべきこととなつたわけであり、原告が人事についての協約改定の意見を有していたとしてもそのこと自体は何ら非難すべきことがらではないから、このような原告を懲戒解雇しなければ、将来の人事管理上重大な支障を来すものとは解しがたい。

これを要するに、原告が、被告会社の配転命令ないしは業務命令に一たんは従わず新職場で就労しなかつたことが、会社就業規則9・5・3・に該当するとはいえ、以上の諸般の事情を考えれば直ちに懲戒解雇に処して、企業外に排除しなければならないほどに、企業秩序を乱したもので悪質な情の重いものとみることは相当でない。従つて本件解雇は、就業規則9・5の懲戒解雇規定をその趣旨、目的を逸脱して不当に適用したものであつて権利の濫用として無効であるといわなければならない。

三、以上のとおりであるからその他の主張について判断するまでもなく、本件解雇は無効であつて原告と被告会社との間にはいぜん雇用関係が存続し、原告は被告会社に対し雇用契約上の権利を有するところ、被告会社はこれを争い原告の就労を拒絶していることは弁論の全趣旨により明らかであるから、原告は右権利の確認を求める利益があるものというべきである。

第二、賃金請求権について

一、前記のように、原告は組合を通じ被告会社に対し本件配転命令に応ずることを明らかにしたのに対し、被告会社において本件解雇の措置に出てその労務提供を拒絶しているのであるから、原告の労働義務の不履行は被告会社の責に帰すべき事由によるものと認めるのを相当とする。従つて原告は本件解雇後も右賃金請求権を失なういわれがないというべきである。

二、次に原告と被告会社との間に雇用関係が存続している場合における原告の賃金額については、

(一)  まず被告会社における賃金体系(毎月の賃金額および増額分の計算方法)が原告主張のとのおりであること、右計算の基礎となる原告の昭和四一年四月時の基本給、昭和四二年四月以降毎年四月に行われた賃上げのそれぞれ基本給スライド係数、定昇スライド係数、一律分、一級職の定昇分一段階の金額、資格手当、妻および第一扶養者の家族手当額がそれぞれ原告主張のとおりであること、原告が昭和四三年一二月に結婚し昭和四六年四月長女が誕生したこと、

(二)  被告会社における毎年六月および一二月の一時金の算出方法、昭和四四年二月の支給された追加賞与の算出方法、右計算の基礎となる標準月数、資格係数ならびに一律分がいずれも原告主張のとおりであること、

以上の事実は当事者間に争いがない。

三、被告会社は、本件解雇が解雇権の濫用として無効であつたとしても、なお原告は被告会社給与規程4・4にいう自己の怠慢により懲戒処分を受けたものに該当するので、昭和四二年四月時の定期昇給はなされなかつたものとみるべき旨主張するが、本件解雇が無効であれば、原告は本件解雇という懲戒処分は受けなかつたことになるのであるから、被告会社の右主張は主張自体失当である。

四、次に<証拠>によれば、

(イ)  被告会社の従業員に対する定期昇給は給与規程4・4に基づき毎年一回四月に、人事考課に基づいて一ないし六段階(一段階の昇給額は前記のとおり)の範囲において昇給する仕組みになつており一級昇給という制度はないこと、後述の成績率1.0のものは通常四段階の査定を受けること、

(ロ)  ベースアップは毎年四月被告会社と組合との交渉により全組合員の平均額が決定され、一時金は給与規程7・4に基づき毎年六月一五日および一二月一五日に支給されること(ベースアップおよび一時金の算式は前記のとおり)。

(ハ)  原告は一般技術員であつてその資格係数は1.000であり、成績率は人事考課により1.2ないし0.8の範囲で決定されるべく平均値が1.0になるように運用されていること、

がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

五、ところで、前記のとおり被告会社における昇給、ベースアップ、一時金の額は各人別に支給額が決定される査定部分が存するのであるが、ももともと、原告は被告会社の責に帰すべき事由により記載を拒否された結果、査定の基礎とすべき実績およびその資料を欠いているわけであるから、右査定部分は一応従業員の平均査定率によることとし、右の査定率の範囲においては、被告会社のその旨の意思表示を俟つまでもなく、原告に対しその効力が及ぶと解するのが相当である。

これに反する被告会社の主張は採用しない。

従つて、原告は、前記定額昇給の考課査定については平均的査定である四段階(一、五〇〇円)、成績率については平均率である1.0とし、出勤率については一〇〇パーセントとして計算するのが相当である。

もつとも<証拠>によれば、原告の昭和四〇年下期、昭和四一年上期の成績率は0.95であることおよび原告の昭和四〇年七月から昭和四一年四月までの出勤率は被告会社主張のとおりであり、昭和四一年下期(五月から九月まで)は0.739であることが一応認められるけれども、<証拠>によれば、原告のみでなく、原告と同時に入社したものは、すべて同様な成績査定を受けており、在籍年限がふえるに従つて、成績率は1.0ないしそれ以上になるのが通常であること、ならびに原告は昭和四一年下期に痔を患いそのため出勤率が一時的に低下したことが一応認められるから、昭和四〇年、昭和四一年における成績率および出勤率が1.0を下廻つていたことは前記認定をくつがえすに足りる証拠とはなし難い。

六、以上認定の事実ならびに前記認定の事実によれば、原告の定期昇給額、ベースアップ額、一時金額は原告主張の別表Ⅰ・Ⅱ記載のとおりになることは算数上明らかである。

従つて昭和四一年一〇月から昭和四七年三月に至る間の原告の月額賃金の合計は二、九九七、七六八円であり、昭和四二年六月から昭和四七年六月までの一時金の合計は一、四九二、八九六円であり、右総合計は、四、四九〇、六六四円となる。従つて被告会社は原告に対し右金員および昭和四七年四月一日以降毎月七、七六八三円の割合の賃金の支払義務があることになる。

第三、結論

以上説示のとおりであるから、結局被告会社に対して、労働契約上の権利を有することの確認を求めると共に、未払賃金四、四九〇、六六四円および昭和四七年四月一日以降毎月七七、六八三円の割合による賃金の支払を求める原告の本訴請求は全部その理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をれそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(松本武 渕上勤 植村立郎)

<別表省略>

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